再会

恋するように旅をして (講談社文庫)

 角田光代さんのエッセイ、面白く読みました。

 こちらは、こんなことあるんだ~と驚いたエピソードです。

 

P138

 ・・・スリランカのアヌラーダプラは小さいけれどずいぶんにぎやかな町で、町のはしっこにバスターミナルがある。バスターミナル周辺は安くておいしい食堂が多い。・・・

 ・・・あるとき、畳一枚ぶんほどの入り口の、強い陽射しにさらされすぎて白っちゃけた外の光景を眺めてチキンカレーを食べていたところ、見覚えのある何かが入り口の向こうを横切って、私を落ち着かない気分にさせた。見覚えがあるといっても、たとえばドラえもんとかミッキーマウスとか、すぐに名称が出てくるようなものではなくて、そう考えると見覚えがあるのかないのかもはっきりしないような何か、それでこちらの注意をひく何かでしかなくて、なんとなく気持ちがざわめいた私は残りのカレーを大急ぎで口の中につめこんで勘定をすませ、とりあえずおもてへ出てみた。

 土埃の舞うバスターミナルには何台もバスが停まっており、そのなかのいくつかには乗客がすでに乗りこんで発車を待ち、もっと人を集めたい乗務員が八百屋を思わせるだみ声で行き先を叫んで客引きをしている。あたりを見まわしてさっき視界を横切ったものを捜すと、意外にかんたんにそれは見つかった。

 道の端に停められた古ぼけたバスで、車体に大きく「フレンズ幼稚園」と、日本語で書いてある。白地に緑の線、ピンクの色のまるのなかにうさぎと象の絵、フレンズ幼稚園の文字の下には電話番号。

 コロンボでもキャンディでももっと田舎の町でも、こうして日本語の書かれたバスはよく走っていて私をびっくりさせる。「郷土料理と温泉の 石塚旅館」だの「カントリークラブ なめかわ」だの「山石工務店」だの。横浜市川崎市の市バスも走っている。

 しかし見覚えがあるのはそこに書かれている日本語ではなくて、そのバス自体だった。白地に緑の線と、うさぎと象の絵と、フレンズ幼稚園と書かれたそのバスに、たしかに二十九年前私は乗っていたのだった。電話番号の局番が生まれ育った家のそれと同じだから間違いない。アヌラーダプラの町の片隅に停まっているのは、かつて私が乗らされるはめになったバス、そのものだった。それに気づいたとき、両頬を思いきりたたかれたような気分がした。・・・

 私が年を重ねたぶんだけ、バスの内部も古び、くたびれ、汚れていた。・・・けれど、すべての窓を開け放った、がらんとしたそのバスの真ん中に突っ立っていると、まるで水道の蛇口を思いきりひねったみたいに、こまごまと断片的な記憶がとめどなくあふれ、飛び散り、そうしながら秩序だって場面や光景を鮮明にかたちづくり、頭から爪先まで私をひたした。