ガンジス川

いのち、生ききる (光文社文庫)

 ちょっとやってみたいような、腰が引けるような(;^ω^)・・・興味深いエピソードでした。

 

P153

瀬戸内 ・・・面白かったのは、ガンジス川で沐浴をしたことです。・・・

 ・・・あんまり汚いので・・・私にしても何度も行きましたが、やっぱり見るだけでした・・・

 でも、先回行きましたときは、「ひょっとしたら、ここに来るのも最後かな」という気持ちになったんです。だったらインドに十回以上も来ているのだから、一回くらいは入ってやろうと、一大決心をいたしました。でも、いざとなったらあんまり汚いので、なかなか入る気になれませんでした。足もとの岸辺に川のごみがみんな流れついてきます。となりでは男がチンと鼻をかんで、こちらにとばします。反対側のとなりでは婆さんがじゃぶじゃぶサリーを洗濯です。川の縁でぐずぐず立ったまま躊躇していましたら、向こうから日本人を乗せた観光のボートがやってきました。私を見つけて「寂聴さんがいる」と、だんだん近寄ってきます。私は「まずい」と思い、それで、えーいと気合いを入れて、ずぶっと入ってしまいました。どうせ入るならと頭もすっぽりつけて入りました。

 そうしたら驚きましたねえ。こんなに汚いのに、全然水が臭わないんです。臭いがないと、汚いという感じは半減しますね。その代わり、何かぬるぬるしたものが、うわっと体に巻きついてきました。蛇みたいな感じで。ぎょっとしましたら、それは川のなかで育った藻が、巻きついてきたわけです。ずぼずぼ何度も足を取られました。

 で、まあ、無事に川から出ますでしょ。そうしたら、私たちの感覚だと、体を洗いたいじゃないですか。「洗う場所は?」ってきいても、そんなものないって。皆、ガンジスの水に浸かることが喜びで、その体を洗うなんてもったいないことはしないというんです。だから、皆、そのまま家へ帰るんですね。なにしろガンジス川の汚い水を汲んで帰って、かまどに祀ったりしてるんですから。

 もう仕方がないから、そのまま拭いて着替えて外へ出ました。その途端です。もう、体の奥からうわーっと何か言いようのないエネルギーが湧き上がってきました。それまで息もできないくらい緊張していましたでしょ。その反動もあって「わーっ」と、両手をあげて叫びたいくらいでした。まわりの人たちが見てますから、そんなことできませんけど、そんな感じでした。ガンジス川に行ったのは旅の終わりころで、疲れがたまっているはずなのに、沐浴してからはすっかり元気を取り戻して、元気、元気で大変でしたよ。・・・あれはどういうパワーでしょうね。