それぞれの長所と短所

ただいま、日本

 仕事がなくなってしまった時期に、この先何をしていこうか、それを考えるために世界を回ってみたそうです。国や地域によって色々と、違うところはすごく違うものだなと興味深かったです。

 

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 一年間で三七か国を回った。・・・

 訪れた都市の中には、ニューヨークやロンドンといった先進国もあれば、まさに発展途上にあるミャンマーヤンゴンやナイジェリアのラゴスといった都市もあれば、いまだイスラエルから空爆の恐怖にさらされるガザのような地域もあった。

 それぞれの国には、長所と短所がある。それは日本とて例外ではない。海外放浪の旅に出たことで、それがよりクリアに見えるようになったことは間違いない。

 日本の長所は何か。それは何と言っても治安のよさと利便性だろう。殺人などの犯罪発生率を海外と比較すると、日本における凶悪犯罪の発生率はとても低いことが証明されている。そうしたデータに当たるまでもなく、犯罪の被害者にならないよう強く意識しながら過ごしていた海外での生活を思えば、日本がいかに治安のいい国であるかを実感することができる。・・・

 日本の利便性は、海外生活がとても不便だったことでより浮き彫りになった。ニューヨークやロンドンは世界に並ぶもののない二大都市と言われているが、どちらも不便であることは否めなかった。特に車椅子ユーザーという観点から言うと、地下鉄のエレベーターは頻繁に故障するので、その日の予定が狂ってしまうことがしばしばだった。・・・日本にいた頃は「予定していたことは予定どおりに進むもの」と思っていたが、海外ではまずその前提を捨て去らないと、ストレスで心を蝕まれてしまう。

 だが、「長所と短所は表裏一体」とよく言われるように、この利便性が、実は日本の短所の表出であることもよくわかった。

 ・・・日本はとにかくミスが許されない社会だ。それだけ気を張り詰めて仕事をしているのだから、やはり他国に比べればミス自体は少なくなるのだろう。だが、それでもミスをしてしまった人に対する過度なバッシングや責任感に由来する日本人の罪悪感、そしてひとつのミスもなくそうとするがゆえに際限なく長くなる労働時間なども考慮に入れると、その功罪についてはあらためて検証してみる必要がありそうだ。

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 また、日本はマジョリティにとっては生きやすい国だが、マイノリティにとっては生きづらい国であるという想いも、一年間の旅を通してより鮮明になった。もちろん、海外であってもマイノリティはそれぞれに生きづらさを抱えている。・・・

 だが、多くの先進国ではあくまで「違い」があることが前提とされているため、マイノリティに対する想像力があり、その違いが社会的不利にならないような配慮があちこちに見て取れる。「エレベーターが故障しているなら俺たちが担げばいい」と道ゆく人々がすぐ手助けしてくれる姿や、子どもを産むことができるか否かといった条件にかかわらず、どんなパートナーにも結婚やそれと同等の権利を与えていることからも、そうした理念がうかがえるはずだ。

 ところが、日本だと混雑した場所で「ご遠慮ください」とアナウンスされてしまうのはベビーカーであることがほとんどであることからもわかるように、まずはマジョリティが優先され、マイノリティは「その上で余裕があり、邪魔にならなければ」参加させてもらえるという社会構造になっている。・・・

 日本がどんな形をしているのか。海外を回ったことで、その輪郭はよりハッキリと見えるようになった。その構造についても、より深く考えることができるようになった。その上で、どう動いていくのか。どう変えていくのか。

 私一人にできることは限られているが、それでも社会とはそうした一人一人の集合体だ。・・・