個性的?

ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21)

 こちらは「死にたくない」より数年前に書かれた本。

 印象に残ったところです。

 

P19

「不謹慎」とか「空気を読め」という言葉。

 そんな言葉も、ここ最近よく耳にします。いまの日本には、そういった無言の圧力みたいなものが存在しているように感じるんです。とはいえ、それもその人たち次第だと思うんですよね。だって、その人自身は不謹慎なことを言っているつもりはないかもしれないじゃないですか?

 僕もよく「不謹慎なことを言う」と見られるのですが、不謹慎なことを言っているつもりはまるでないんですよ。発言したことの言葉尻というか、上手く話せないがゆえに中途半端なことを言った部分を取りあげられて、そう捉えられてしまうことが圧倒的に多いから困ってしまう。

 基本的には、他人がどんな態度を示そうとも、どんなことを言おうとも、それはその人の自由であって然るべき。もし変なことを言っている人がいたら、「あれ?あいつはなんだか変なことを言っているなあ」というぐらいの感じで受け止めておけばいいんですよ。人がしゃべることは自由だから、それを止めることは誰にもでいきない。だから、「それは不謹慎だよ」って言っても仕方ないし、その人はそういう考えなのだなって思っておけば十分です。

 ・・・

 ・・・人は、自由であることが一番いいと思う。もっと言えば、自由であるべきだとも思っている。

 そのためには〝群れ〟のなかに、自分の身を置いてはいけません。なぜかって?それは、無言の圧力を感じるのは、その人が〝群れ〟の一員でいるからです。

 言いたいことを言えないのも、その人がそういうグループに属しているからだと思いませんか?

 だから僕は、これまで生きてきたなかで、なるべく〝群れ〟の一員にならないように、〝グループ〟には入らないようにと常々意識してきました。

 だって、そうしないと、自分のやりたいこともできないし、自分の言いたいことが言えないですからね。

 

P106

 ・・・「蛭子さんは個性的ですよね」って言われることが頻繁にあります。ただ、そう言われても、なんと返していいか皆目見当がつかない。「あ、そうですか……へへへッ」と頭を掻くしかないですよね。むしろ、自分としては、普通の人と違う特別なところはなにもないと思っているし、できるだけ目立たないように、なるべく世の中に従順に生きてきたはずなのに。「おかしいなあ」と、僕としてはちょっと納得いかないところもあるんです。でも、「個性」っていうのは、それぐらい〝適当〟で、〝曖昧〟なものなんですよ。