ヴェトナムに暮らす高橋さんという方との出会いから、作家、グェン・フィー・ティエップさんを紹介されたひとコマ。グェンさんの言葉が印象に残りました。
P38
「私、ここで一人の作家に出会ったの」
と彼女が唐突に言った。
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「グェン・フィー・ティエップさんっていう人。知ってますか?」
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「代表作は『退役軍人』という短編小説です。彼の小説は今までにない斬新さがあって、新しい文学の流れを作ったの」
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・・・グェンさんは穏やかな顔をして、僕らを迎えてくれた。・・・
・・・僕は彼の話を聞いているうちに、彼が有名な作家だろうが、そうでなかろうがそんなことには関係なく彼の話に引き込まれた。・・・
僕がヴェトナムという国はこれまでたくさんの国の影響を受け続けて来たということについて喋ると、彼はいきなり僕の持っていたノートとペンをとってそこに何かを書き出した。
やがてそこに描かれたものは地面と、その上にいくつも立っている国旗だった。左から中国、フランス、そして、日本、再び中国、さらにアメリカが重なるようにあった。そして最後に一人の人間が描かれ、そこにいくつもの国旗が刺さっている姿があった。
「これがこの国なんだよ。たくさんの国がやってきた。そしてたくさんの戦いもあった」
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「今、この国は発展しているが、捨てたものも多いんだよ。そのことを忘れてはいけない。かつてフランスの文化が入って来たとき、フランスのものだといって人は喜んでいたけど、それは本来のヴェトナムのものではない。そのことを今の時代も考えなくてはいけない。新しいものは、いつか必ず古くなっていく、そしてそれが真実だとは限らない」
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「芸術家というものは、例えば私のような小説家も含めてだが、読む人の、その人自身の生活や人生を信じさせるような芸術をつくらなくてはいけないと私は思っている。そして、そうありたい。何故なら人間はかなしく、あわれむものだからだ。だから芸術のなぐさめが必要なのだ。けっして、芸術が人を惑わすものであってはいけないと思う。いまあなたがどんな写真を撮っているか、私にはわかった、だからあなたもそうであると信じたい」
僕はどんなつもりで写真をこれまで撮ってきたのだろうか。彼のその言葉の前で、僕は思考が止まってしまった気がした。
「人生は絶妙である」
僕は彼の言葉を、さらに頭の中で繰り返していると、彼が言った。僕は不意のその言葉に身体が反応していた。・・・
・・・
そう呟くと、ふっと気持ちが軽くなる。そんな力のある言葉だ。
「一つのことを知るということは、そこに悲しみや、苦しみをたすことにもなる」
しばらくして、彼が再び口を開いた。
「例えば愛情というものを知ると、その苦しさも知る。あなたは写真を撮る。でも、もし写真を撮っていなかったら、写真の苦しみはなかったはずだ。それが人生だと思う」
そう言って、小さく笑った。
気がつくと時間は一時間ばかりたっていた。そして彼がそろそろ家に帰ると言った。その時、彼が僕の顔をまじまじと見て言った。
「あなたは二七歳だろう?」
確かにその通りだ。僕は驚いた。そして何故、僕の年を聞いたのか、そのことが気になった。それを問うと、
「あなたが、私に聞くいくつかの質問からそう思ったんだ」
僕は今までの自分の言葉を思い出していた。