詩のような文章

記憶喪失になったぼくが見た世界 (朝日文庫)

 さんまを焼く過程が、こんな風に語られることに驚き、詩を読んでいるみたいだなと思いました。

 大学院で染色を学び、着物の染色工房に就職した後のお話です。

 

P229

 工房に入って初めての秋をむかえる。京都で働くために一人暮らしを始めたけれど、その生活にも少しずつなれてきた。

 そんなある日、先生の実家がある紀州熊野から、さんまが大量に送られてきた。先生に伝えると、あぶらを完全に抜くために、もう一度干しておけという。

 さっそく送られてきた箱を開けた。すると、朝の通勤ラッシュの満員電車みたいに、ふたが開いた途端、さんまが次から次へとあふれ出てきた。手に取ってみると、スーパーで見るやつとは違う。青黒くて、頭の先から尾っぽまで、身がぎゅっと引き締まっている。顔もとがっている。

 日陰の風通しのよいところに、長いロープをはって、さんまを一匹一匹吊るしていく。十匹ニ十匹と干すにつれてロープに重みが伝わって、上下にぶるんぶるんと揺れる。ときどき太陽に反射してギラリと光ったりする。まるで波のようだ。

 その夜、工房にお客さんが訪ねてきたとき、今日届いたばかりのさんまをお出しすることになった。でも、どうやるのかわからない。兄弟子に聞くと、備長炭を使って七輪で焼くのだそうだ。

 いよいよだ。手に持った三匹のさんまを川の字に並べて網の上にのせる。すぐに熱に乗ってさんまの匂いがする。それは生臭く、食べてみたくなるような香りではない。

 でも、焼けていくと、どんどんいい匂いに変わっていくじゃないか。長いはしで裏返すと色も変わり、茶色くなっている。

 焼けるさんまをじっと見る。香りもどんどん、よくなっていく。火にあたり、体が引きしめられ、きしむ音がする。

 ひっくり返そうと手を近づけると、熱くてさわれない。だから長いはしで裏返す。すると黒はより黒く、青や銀のところもますます茶色くなっている。この色の変化が魚が焼けることなのか。

 残りの二匹のさんまも裏返した。茶色くなりだしたさんまを見ながら、全部焼けるのを待った。

 さんまの体からパチパチと皮がやぶれる音がし、そこから出た汁は、下の灰に落ち、ジュッとひとつ音を鳴らす。

 もう一度長いはしを持ち、再びさんまを裏返してみると、黒いところはまっ黒に、茶色くなっていたところは、焦げ茶色になった。

 ところどころ皮はやぶれ、そこから出た汁がまわりの光を反射して輝いている。さんまがまぶしい。

 焼けたさんまを皿の上にうつした。そのさんまは、どこを取ってもおいしそうな色をしている。これをまるかじりしてみたい。

 一匹の魚を火であぶるだけで、こんなおいしそうな色を出せるのか。ぼくもこんな色の着物を染めてみたいと思った。