不老の女性

『エクサスケールの衝撃』抜粋版 プレ・シンギュラリティ 人工知能とスパコンによる社会的特異点が迫る

 こんな実例があったとは、この本を読んで初めて知って、びっくりしました。1歳児のまま20年生きた女性のお話です。

 

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 2013年10月24日、この宙から1つの星の光が消えた。・・・我々人類にとってはきわめて大きな、おそらくは有史以来、最も大きな星であったはずである。

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 彼女は、医学的には「気管支軟化症」という病因でその寿命をまっとうしたのであるが、・・・

 その驚異的な、人類史上稀なる「奇蹟」について、ここでは解説したい。

 1993年1月8日、米国メリーランド州ボルチモア市の病院で、1人の女性がこの世に生を受けた。・・・「ブルック・グリーンバーグ」と名づけられた。・・・医学的な異常はまったく認められず、彼女は通常の乳児と変わらずに1歳を迎える。

 しかし、彼女は9カ月から12カ月を過ぎたころから、他の子供たちとはまったく異なる成長を辿ることとなった。他の子供たちが乳児から幼児へと成長していくなかで、ブルック・グリーンバーグ氏は、1歳児の状態のままで、以後の成長が認められなかったのである。

 2013年現在、彼女は20歳を数えている。しかし、彼女の身長は75センチあまりで、体重は7キログラムほどしかない。風貌はまるで1歳児であり、立って歩くこともできない。知能レベルも1歳児と同等で、言葉を理解したり、喋ったりすることはできない。しかし、通常の1歳児と同様に外的な刺激に対して反応し、自分の感情を言葉以外の方法で、泣いたり喚いたりして、あるいは身振り手振りをもって、しっかりと表現することができている。すなわち彼女は、意識と自我を持った自立した人間としてきちんと生き、グリーンバーグ家の一員として生活をしている。

 ただそれは、1歳児レベルの肉体に、1歳児レベルの意識と自我が宿った状態であり、その状態が持続されている、という特殊な状況に置かれているのである。

 当然、家族は彼女の状態を大変心配して、あらゆる権威ある大手医療機関や著名な大学病院での診察と、その時点で考え得るかぎりの検査という検査をすべて受けた。

 しかし、遺伝学的な異常を含めて、成長遅滞以外の異常や、原因となる一切の素因が発見されず、成長を促すための成長ホルモン投与などによっても反応はまったく得られずに、そのままの状態で20年間が経過してしまったのである。

 家族によれば、厳密には彼女が4~5歳まではわずかな成長が認められたものの、5歳以降からの15年間には一切の成長が確認されていないという(成長ではない、人体を維持するための新陳代謝は通常に認められるため、口腔粘膜、気管粘膜、消化器上皮粘膜などの細胞は当然に日々脱落、再生を繰り返しており、外見的には、爪と毛髪が毎日伸びつづけている)。

 原因不明の成長遅滞であることから、担当医師であった南フロリダ大学のリチャード・ウォーカー教授は、彼女の状態を「シンドロームX(X症候群)」と名づけている。

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 不思議であるのは、5歳のときに癲癇様の発作が起こって大きな脳腫瘍が見つかり、2週間にもわたって昏睡状態となったものの、その後、治療の甲斐あって無事に昏睡状態から回復したばかりでなく、その大きな脳腫瘍も完全に消失してしまったと報告されていることである。医学的にはまったく合理的な説明がつかない治癒過程として、診療録に記録されている。

 こうした医学的な驚異に事欠かない彼女ではあるが、なんといっても、その成長が完全に止まっている彼女の存在自体が、驚異的な奇蹟以外の何ものでもない。

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 ・・・重要なこととしては、彼女の知能レベルと精神状態が、肉体と同様に1歳児程度のレベルに留まっていることである。彼女の中枢神経系、すなわち「脳」は、彼女の他の「肉体」と同様に、完全に成長を止めてしまっている。これは不老や不死を考える場合に、きわめて価値のある重大な事実である。

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 彼女は、人間が1歳児の状態のまま、20年間もの長期間、特段の大きな補助がなくとも、自立して健康に生存し得ることを証明している。同時に、彼女は、人間が成長や老化という変化を経ずとも、同じ状態を保ったままで20年間もの長期間、生存できることも証明している。

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 すなわち、彼女の存在は、我々、現代の人類に、自然科学者に、生命科学者に、人間の成長と老化を止めることが可能であることを、そして「不老」が夢物語ではない現実的な「自然科学的命題」であり、達成し得る「技術課題」であることを、このうえなく強烈に主張してくれているのである。

 


Brooke Greenberg