今まで「偏見」という言葉をふつうに使っていましたが、そうか見えることと関係があることだったのかと、今更ながらびっくりしました。
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店の奥のほうを歩いていると、通路の突き当りに巨大な物体があるのに気づいた。その物体に近づき、推論をはたらかせてみた。その物体は動いていない。大きくて、角ばっている。山積みになった商品を載せた台のそばにある。
「あれはフォークリフト?」と、メイはジェニファーに尋ねた。
ジェニファーの顔が真っ青になった。一瞬待ってから、ジェニファーは、メイの耳元に顔を寄せて、ささやいた。
「違うわ。あれは、とってもとっても太った女の人。体重が二〇〇キロくらいあったって不思議じゃないくらい」
メイは耳を疑った。そのとき、そのフォークリフトが動き、棚の商品に手を伸ばした。普通の人間の二人分くらいの大きさがあるように見えた。
釈然としなかった。あんなに巨大な人間には、いままで触れたことがない。いつもなら、もっと近くに寄りたいと感じるのがメイの習性だ。・・・だがいまは、遠ざかりたいと感じた。その太った女性のことを知りたくなかったからではない。その女性に嫌悪感を覚えたからだ。「だめだ!そんなふうに感じちゃいけない!あの人だって人間なんだぞ。体形は関係ない。あの人はおれたちと同じ一人の人間なんだ!」と自分を叱り飛ばしたが、軽蔑の気持は押し止められなかった。・・・その女性が重い体を引きずって通路を歩いてきたとき、よく観察してみた。苦しそうに歩く様子を見て、階段を上るときに四苦八苦して荒い息で呼吸をするさまがまざまざと思い浮かび、旅客機で隣り合わせて自分が押しつぶされそうになる恐怖をありありと感じた。おれは苦境にある人の気持ちがわかるタイプの人間だったはずじゃないかと、あわてて自分自身に思い出させようとしたが、わきあがる嫌悪感には勝てなかった。
帰り道で、自分が恥ずかしいとメイはジェニファーに打ち明けた。
「自分でも吐き気がするよ」と、メイは言った。「おれは外見だけを理由に、あの女の人に反射的に嫌悪感をもった。醜い態度だ。目の見えない人間にそういう態度を取る連中がいる。そんな人間にはぜったいになりたくないと思っていたし、自分がまさかそんな人間だとは思ってもいなかった。自分を変えないといけない。こんな自分がいやなんだ」
「あなたは、そんな人間じゃないわよ」
「いや、おれはそういう人間だったのかもしれない」
「いままでも、太った人たちにそういうふうに感じていたの?」
「そこが問題なんだ」と、メイは言った。「目が見えなかったころは、そんなふうに感じたことなんて一度もなかったんだ」