たくさんのお店の、ご主人の来歴や家族の姿など、いろんな人生が詰まっている本、面白かったです。
最後についていた川上弘美さんの解説が、内容をわかりやすく伝えてくれてました。
P313
さまざまな種類のお店の、表からは見ることのできない、舞台裏。その舞台裏で働きつづけるお店のご主人の、来歴。仕事に対する考えかた。ふっと漏れいずる、日々の生活の澱。
そのようなことが、この本には書かれています。
おいしいお店の、その料理がどのようにおいしいのか。どのようにその料理が日々作られているのか。そんなことを書いてある本が、いくつもあります。それぞれにすぐれた書きようでもって。
この本にも、店々の料理がどのように素晴らしいのかは、たしかに描写されています。けれど、作者はたぶん(あくまでわたしの推測なのですけれど)、そのあたりのところはあえて、さらりと流して書いている。
では、さらりと流したその後に、何がさらに書かれているのか。
「おはなし」です。
「おはなし」。
それは、「物語」とは、違うものです。
物語は、骨格を持っている。少しばかり、教訓もふくんでいる。普遍的でもある。あなたもわたしも、物語の中には、自分の投影を見いだしたりする。
おはなしにも、骨格はありますけれど、それはずいぶんふわりとしたものです。「おはなし」を持って軽くゆさぶると、おはなしの形は、ゆるゆると面白げに変わっていったりする。それから、おはなしには、教訓はありません。ただ楽しかったり、ただ悲しかったり、ただ笑ってしまうものだったり。おはなしに自分を投影する人もいますが、それよりも、おはなしをしてくれる人の声を、表情を、のんびりと見聞きしているだけで、じゅうぶんに楽しいのです。
・・・
本書の書きようは、もしかすると、ある種の「ばかげた思い」を礎にしたものかもしれない、と読みながらわたしは思ったのです。
作者は、それぞれのお店のご主人によりそって、たくさんの「おはなし」を聞かせてくれます。苦労したおはなし。負けず嫌いなおはなし。哀切なおはなし。小気味いいおはなし。
最初から最後まで恰好のいいおはなしは、一つもありません。
どのおはなしも、どこかとぼけていて、頑固で、少しだけほころびていて、でもとっても気分がいい。