サル化する人間社会

「サル化」する人間社会 (知のトレッキング叢書)

山極さんのお話が面白かったので、こちらの本も読んでみました。

ゴリラやサルについて全然知らなかったので、とても面白かったです。

ゴリラってあったかいんだな~とか、サル社会って結構大変そうとか・・・

魅力的なエピソードがたくさん載っていました。

 

P48

 ゴリラを研究していて思うこと。それは私たち人間よりも、ゴリラのほうがよほど余裕があるということです。私たちがゴリラを受け入れるより先に、ゴリラの方が人間を受け入れてくれるのです。

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 ・・・外国人が・・・日本の風習を知ろうとしないまま、土足で畳に上がってきたら?

 私たちは「それはダメですよ。靴を脱いで上がってください」と教えるでしょう。・・・

 異文化の者同士で交流し合うためには、そういった作業が必要です。そしてそれは、無視することよりもずっと建設的。居心地よくする方法を教えることで、互いを受け入れることができるからです。

 ゴリラは、ちょうどそれと同じことを私たち人間に対してしてくれます。ですから、「違う違う、こういうときはこうしないと」とゴリラに叱られたら、私は「あ、すみませんでした」と謝って、教わったとおりに行動します。

 そういうことを積み重ねていくと、どんどんゴリラと仲良くなっていけるのです。こんなやりとりが成立するのは、霊長類の中でもゴリラだけです。

 あるとき、私は雨宿りのためにハゲニアの大木の洞に入って休んでいました。するとそこに、あるコドモオスがやってきました。タイタスという名前で、当時六歳。人間の年齢に直すと小学校高学年くらいの遊び盛りです。

 ・・・タイタスは洞に入っている私の顔をじっと覗き込んできました。そして「一緒に雨宿りしようよ」と言うように、洞の中に入ってきたのです。

 洞は狭くて、ひとり分のスペースしかない。「タイタス、そりゃあ無理だよ。二人は入れないよ」と私は思いましたが、そんなことは意に介さずにタイタスは身をねじ入れてきました。そして、タイタスは座っている私の膝に乗っかってきたのです。さらには、あごを私の肩に乗せて体をすっかり預けてきました。そしてタイタスは私に抱かれて、いつの間にかすやすやと眠り始めました。

 これは私にとって、とても貴重な体験でした。タイタスの体はそれは重かったですが、そのぬくもりや匂いに包まれて、私は胸がいっぱいになっていました。野生のゴリラが私に対してここまで心を開いてくれるとは。・・・

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 ゴリラのすごいところは、相手を受け入れる能力だけではありません。「負ける」という概念を持たないことも、特筆に値する特徴です。

 ゴリラは誰を相手にしても「負けました」という態度をとらない。そんな感情もないし、そういう表情も備えていません。子どもでもメスでも、体力の差によって「参りました」という態度で相手に媚びることはないのです。これは、実にすごいことだと私は思います。・・・

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 これはつまり、ゴリラには優劣の意識もない、ということでもあります。・・・

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 ゴリラの喧嘩は、どちらかが勝ってどちらかが負ける、という決着を見ません。そんなことになる前に、第三者が仲裁に入る。誰も負けず、誰も勝たない。互いに平等なところで決着がつくのです。

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 ゴリラと親しくなってくると、彼らが今どんな気持ちでいるかといういことは次第にわかってきます。楽しければ飛び跳ねるし、生き生きと動きます。

 ゴリラは笑うこともあります。私を遊びに誘ってくるときは、ワクワクしているのがわかります。瞳が金色に輝いて、キラキラするのです。人間のように泣きはしませんが、悲しければ肩を落としてうずくまり、動かなくなったりもします。・・・

 ゴリラは感情豊かな生き物です。彼らは言葉を持ちませんから、表現はいっそう直截的です。言葉がなければ相手を騙すこともない。嘘もない。素直な気持ちしか、そこにはないのです。