ものの見方

そもそもこの世を生きるとは―佐藤愛子の箴言集〈2〉

 実際に経験するって、やはりすごいことだなと思いました。

 

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 私は苦闘に見舞われるたびに楽天的になっていった。貧乏は、実際に経験したことがないうちは、怖ろしいものであった。しかし実際に経験してみると、それは楽しいものでは決してないが、想像していたほど悲惨なものではなかった。

 また借金取りというものも、会ったことがない間はやはり怖い存在だった。しかし実際につきまとわれてみると、怖いというよりは情けなく、いやらしく、そして滑稽に見ようとすればいくらでも滑稽になるものであることを知った。実際、たかが金のために大のおとなが目の色を変えてわめきまくるというのは本人が必死であればあるほど滑稽なことなのである。

 私は娘にそういうものの見方を教えておきたいと思う。ちょっと価値観を変えれば様相は一変するのだ。それは悲境をくぐり抜ける私の唯一の防禦手段だった。

 私のことをあなたは楽天的でいいわね、と人はいう。しかしもとから楽天的な人間だったわけではない。悲運が私を楽天的にした。そう考えると、悲運だからといって歎き恐れることもなくなって来る。このことも私は娘に教えておきたいのである。 『枯れ木の枝ぶり』