芸術家は研ぎ澄まされた感覚こそが命なのだなぁと思いました。
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七十歳からの五年間、イタリアと日本を往復する生活を過ごしました。
当時バブル経済のまっただ中にあった日本での生活に嫌気がさしたのです。
それまで築き上げたわたくしなりの暮らしを壊してしまうのは、惜しいと思うこともございましたが、見知らぬ異国の村や街でひとりスケッチに明け暮れる生活は、人間本来の感覚が戻ってきて、衰えた私の脳細胞を復活させてくれました。
お金も、人とのつきあいも、いったんすべてを捨ててしまうと、それが次の世界への下敷きとなって、失ったものが心の肥やしになります。
古い水を捨てるから、新しい水が汲めるのです。
しかし、その暮らしも数年も経つと、初めの頃の不安をなくし、驚きもなくなり、幸せになっている自分に気づきました。
これは堕落だと感じて、イタリアでの生活に別れを告げ、中南米やヒマラヤを目指しました。
幸福に依っていたら、何も生み出せないとわたくしは思っております。絵も作家が身を削るほど精神を集中させてこそ、息を呑むような美の世界が生まれるのです。
わたくしは、普段は隣の部屋ものぞかないほど無精なのに、そういうときになると、行動的になるようです。
おどおど、びくびくして不安な状態が感性を開いてくれる。
それが、わたくしには大切なことなのです。
ラクなことは、びっくりすることがないから当たり前で面白くありません。
わたくしは驚いていないと、エネルギーが沸かないのです。