名医

蘇える変態

星野源さんの本、続けて読みました。
ここは開頭手術をするためのお医者さん選びの話。すごい先生だなーと、この部分を読むだけでも思いました。

P150
 前回の手術とどちらが辛かったかと言えば、「破裂もしてないし今回は楽だぞ」とちょっとでも思った自分がアホらしくなるほどに、二回目の方が断然過酷であった。一回目は予告編かな?みたいな。・・・予想外にフレッシュでパワーのある辛さだった。
 でも、この期間、様々な出来事があったけど、最終的には辛いことより、面白いことの方が多かった。細かく言うと、「苦しい日々の中でも、面白いと心から感じられる瞬間」がとても多かったということだ。
 面白さが、辛さに勝ったのだ。
 コイル塞栓術後の動脈瘤再発は、同じ手術をするにしろ、開頭クリッピング(頭を開いて瘤の根元に直接クリップして破裂を防ぐ)手術をするにしろ、自分の患部の状態では難易度が高く、国内に施術できる人が限られているという。つまり医師探しから始めなければならなかった。
 ・・・
 ・・・K先生に会いたいですとA先生にお願いし、紹介状を書いてもらった。
「ものすごい先生ですよ」
「ものすごい」?「すごい」じゃなくて?
 そう言われ、少し不思議に思いながらさっそく病院に行くと、受付の方に言われた。
「K先生、診察がかなり押しますが、大丈夫でしょうか?」
 大丈夫です。と伝え待っていると予定の時刻を越え、どんどん時が過ぎていった。一時間、二時間、三時間。本当にめちゃくちゃ押している。診察室の出入りを見ていると、一人につきおよそ20分から30分もかかっている。長い。そんなに精密に問診するんだろうかと思っていると、「星野さん」と呼ばれた。
 診察室に入ると、・・・先生は勢いのある口調で言った。
「手術やりたくないです」
「ええええ!」
 唐突すぎて、コントみたいなリアクションをしてしまった。しかしそこから、いかにこの手術が難しいか説明してくれた。
 ・・・
 確かに大変だ。怖い。本当だったら不安のどん底に陥り、嘔吐の一つでもしそうなものだが、そうはならなかった。説明の間、K先生は唐突に違うことを言いはじめたからだ。
 ちんこの話である。
 もちろん、脳の話をしていたのだが、いつの間にか脱線し、「たとえば誰か死んだフリをしていても、ちんこを見ればどれくらい脳が生きているかわかる」的な、いわば学術的下ネタになり、後ろの女性看護師がクスクス笑う中、いつの間にか俺はK先生の話に爆笑させられていたのだ。
 ・・・真面目でシビアな話の間に下ネタや世間話を挟み込まれ、あっという間に時間が過ぎた。
 そして最後に、この手術がいかにリスクがあるか、どのくらい後遺症や合併症の危険があるか、どんな順序で手術するか、すべて説明してくれた。希望も少なくリスクの高いシビアな状況を説明され、ふっと気持ちが落ち込んだその時、K先生は俺の目をじっと見て言った。
「でも私、治しますから」
 最後の最後まで、何があっても絶対に諦めません。見捨てたりしません、だから一緒に頑張りましょう。そう言われて診察室を出た。
 こんなことあるのか。診察が楽しかった。20分の診察のうち、15分弱は冗談だった。K先生の元には、全国から手術を断られた人が押し寄せる。きっとみんな重い絶望を背負って診察に訪れるはずだ。それを笑い飛ばし、シビアな現実を伝え、かつ希望を与える。診察の長さには理由があった。
 ・・・ 
 K先生が忙しいため、手術は少し期間を置くという。診察室を出た後、ふと思い出し、診察室に戻って「手術までの間、気をつけた方がいいことはありますか?」と訊いた。
「ないよ」
「血圧とか気にしなくていいんですか?」
「破裂する時は破裂するし、死ぬときは死ぬんだから」
「えええ!」
「何も考えずに楽しく生きなさい!」
 また笑わされた。普通そんなこと言う?しかし、それはつまり手術までには破裂しない、という確信があるから言っているのであり、その時点で信頼関係はできていたので「わかりました!」と元気に診察室を出た。