自己と時間と世界

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳

こちらも前部島皮質にからむことで、アヤワスカがそこの血流を増やすという…さらに恍惚発作は慢性不安の対極だという話に進み、そして自己と世界の境界の話に進んでいきます。
この本は専門的な話も多く、どこまで理解できたかちょっとわかりませんが(^_^;)色々と刺激され、連想の広がる本でした。

P290
 ・・・アマゾンのシャーマンはアヤワスカという幻覚作用の強いお茶を儀式で使うが、これを一五人の男性被験者に飲んでもらったところ、前部島皮質の血流が他の領域より増えていることが確認できた。
 てんかんの恍惚発作と幻覚剤の影響、その両方でいちばん興味ぶかい変化は時間の感覚だろう。・・・
 ・・・前部島皮質の過活動で情動の瞬間が生成される速度が上がると、時間の主観的な感覚も伸びていくことが考えられる。高速度カメラで毎秒数百〜数万コマで撮影した映像が、スローモーションに見えるのと似ている。
 さらにクレイグは、前部島皮質には包括的情動瞬間のバッファ機能があるのではないかと考える。過ぎたばかりの数個の瞬間、いまの瞬間、これから訪れる数個の瞬間を保持できるのだ。自己の存在を何十年という長さで実感していても、保持されている瞬間はほんの数秒分である。
 クレイグの仮説はまだまったく証明されていないが、自己は存在するのか否かという哲学的議論の本質に切りこむ発想だ。・・・
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 さらには慢性不安や神経症的傾向も、前部島皮質との関わりで説明できるかもしれない。二〇〇六年、マーティン・ポーラスとマリー・スタインの二人は、慢性不安は前部島皮質が機能不全を起こし、通常より予測エラーが増えることが原因だとする説を発表した。それと正反対のことが起きているのが恍惚発作かもしれないとピカールは考える。前部島皮質に電気の嵐が発生して誤作動を起こし、予測エラーがほとんど、あるいはまったく出なくなった状態だ。そのため世界に問題は何ひとつなく、すべてが理解できるという絶対的な確信感が生じるのである。
 この前部島皮質説はかなり有効だとアニル・セスは言う。「現象学的に考えると、恍惚発作は慢性不安の対極です。恍惚発作ではすべてが完璧であり、平穏な確信に満ちているのに対し、慢性不安は身体状態に反映されるあらゆることに不穏なざわめきを覚えるのです」
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 それにしても、自己意識が高揚し、世界のすべてが了解できると同時に、自己と世界の境界が消えて一体化するというのは矛盾していないだろうか。
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 ・・・「自己意識が高揚し、[世界との]つながりが強化される。二つの経験が共存することは現象学的に興味深い」とセスは私に言った。「身体と世界の区切りは、私たちが思っている以上にあいまいで柔軟だということでしょうか」