ここも興味深かったです。
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身体とつながっている感覚がどれほど重要か、ニコラスは痛いほどわかっている。「離人症になって、自分の肉体とつながっていないと感じるまで、人としての自分の核なんて意識したこともなかった。自分が経験したからってわけじゃないけど、肉体と精神が切りはなされたと感じ、それをたえず認識していなければならないのは、人間にとって最大の恐怖だと思う。まるで生きながら食われているようだ」
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ニコラスのアパートの居間にギターが置いてあった。いま練習中だという。ほんとうはドラムをやりたいのだが、アパートでは禁止されているのだ。早く一軒家に引っ越して、思いきり叩きたいと言った。ドラムに熱中しているあいだは、離人症を忘れられるのだという。「両手と両足を総動員するから、全神経を集中させなくちゃならない。それが救いなんだ」
私はニック・メドフォードから聞いた男性患者の話を思いだした。・・・「・・・もう一度テニスをやるように説得しました。それは病気への対応策で唯一効果があるものでした」メドフォードは振りかえる。「コートを走りまわり、ゲームの流れに没頭しているあいだは、〔離人症〕が出ないんです。テニスをやめれば元どおりなんですが、それでも本人には大発見でした。病気が絶対不変ではなく、変えられるものだとわかったからです」
ニコラスもドラムを叩いているあいだは症状がやわらぐが、それも一時的でしかないという。気分がいいと思った瞬間、病気が戻ってくるのだ。「矛盾してるよ。気分がよくなったと気づいたら症状が出てくるんだ」