個人差

超老人の壁

この個人差の話、食い違って当たり前っていうのがいいなと思いました。

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養老 ところで話しましたかね、ここで。物理学者のファインマンの高校時代の話。

南 高校時代?いえ。

養老 「頭の中で数を数える」っていう話です。ファインマンが高校生のとき、黙って100まで数えてストップウォッチを押してみたら、いつも同じスコアだったっていうんですよ。また別のときにやってみたら、やっぱりちゃんと同じ。本を読みながら数えても同じ。「おかしい!こんなに一定なのは、どうしてだ」って思った。で、身体の中で一定して動いているのは心臓だから、学校の階段を駆け上がってみたりするわけ。

南 鼓動を速くして計ってみた。

養老 ぴたっと同じなんです。

南 へぇー!

養老 ファインマンがその話を友達にしたら、「嘘つけ。本を読みながら数えられるわけないだろ」って。

南 普通、数えられないですよね。

養老 すると今度は、その友達が、「自分はおしゃべりしながら数えられる」って言い始めるんです。ファインマンは「嘘つけ。おしゃべりしながら数えられるわけがないだろ」って(笑)。そこでお互いに、相手が言うことは本当かって、実験を始めるわけ。
 それでわかったのが、ファインマンは頭の中で1,2,3,4って、音にして「耳で」数えていた。友達のほうは、頭の中で「日めくりカレンダー」をめくっていた。つまり、友達は「目で」数えているっていうんですね。
 頭の中で目を使っちゃってるから、本が読めない。ファインマンは耳を使って数えてるから、本を読める。かわりに、おしゃべりしながらでは数えられない。
 こんな、「100まで数える」という同じことをやるにしても、一人ひとり使うチャンネルが違うんです。個人差ってそういうところにも出てくるんですね。
 ようするに、食い違って当たり前。あるところまでは一緒だけど、あとは、それぞれの筋で納得する。何事も、そういうふうにしましょうと。・・・だから、自分が納得するところで、他人が納得するとは限らない。