生きている実感

猫背の目線 (日経プレミアシリーズ)

こういう瞬間に「生きている」と実感するって、なんかわかると思いました。

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 東京のY字路を撮るに当たって、昼夜両方を撮ることにした。その上一人も人間のいない東京を撮ってみたかった。東京の人口密度は世界一だという。そんな人で溢れた東京の街を無人の都市として描いてみたかった。が、果たしてそんなことが可能なのだろうかという心配や不安はあった。案の定どこに立ってカメラをのぞいても人が入る。それでもなんとか東京から人を消すことで架空の東京を撮ってみたかった。その結果二百数十枚の写真の中に人が写っているのは一枚ぐらいだ。
 この無人の東京の街を見た人は写真を修正してコンピュータで人を消したんだろうという人がいるくらい、どの写真にも人が写っていない。・・・ねばって、ねばって人の消える瞬間を待って撮った。何しろ道が二本ある。片方の道に人がいなくなっても、もう一方の道には人がいる。両方の道から人が消える瞬間はほんの一瞬である。
 その一瞬を祈る気持ちで待つ。ところが不思議なことに一瞬人が消える瞬間があるのだ。この瞬間こそ「生きている」という実感である。・・・特に交通整理をするわけでもない。ただ辛抱強く待つしかないのである。本当に祈る気持ちである。別に神頼みはしないが、心の中で「消えてくれ!」と念じることは確かだ。・・・自分の力ではどうしようもないだけにイライラすることもあったが、あとは信じるだけだった。
 絶対人が一人もいなくなるという瞬間がやってくるのを信じるだけだ。それしかなかった。・・・ある意味で「信じる」ことの強さというか、奇跡とはいわないまでも、何か力が働くことがあるように思う。そのことをぼくは東京Y字路を撮ることで学んだように思う。・・・
 どの写真にもその信じた結果が写っていると思う。・・・時には現場に行った瞬間、人も車も一切なくなるという経験を何度もした。撮り終えると同時に待ってましたといわんばかりに、人と車が通りに戻ってくる。そんな瞬間にぼくはさっきもいったが、「生きている」ということを体の底から信じられるのである。