ヨメさんの本

メジャーリーガーの女房 ?ヨメだけが知る田口壮の挑戦、その舞台裏? (マイコミ新書)
おヨメさんの本も読んでみました。
この方すごすぎる…がんばりすぎてパニック障害になってしまった話も載っていましたが、このご夫妻、戦友というか相棒というか、すごいチームワークでした。

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 夫・田口壮が日本を離れて、メジャーでやってみたいと言った時、彼はどんな自分を思い描いていたのだろう。たぶん、アメリカ野球と生活を満喫しているかっこいい俺、が想像の8割を占めていたのではないか。そしてあとの2割は、(まあどうにかなるやろ)くらいに思っていたに違いない。自ら決断して新しいことにチャレンジする人は、きっと不安より期待のほうが大きいのだろうから。
 ところがどっこい、残りの2割が生活のすべてを占めることになり、しかもどうにもならなかった。遠征先のホテルは5つ星どころか、バスタブもないし、チャーター機ラクラク移動どころか、超巨体の一般旅客にはさまれた真ん中席で、一睡もできずに試合に乗り込んだ。
 そのうち主人は、「今日はシャワーのお湯が途中で水にならんかった」「空が綺麗で、気持ちのいい試合日和やった」と、これまで気にもかけなかったことを喜び始めた。日本で守られ、保障された自分から脱皮するように、主人はどんどん「裸」になっていった。それは当然野球に関しても同様で、メジャーのいい球場で、たくさんのファンを前に試合するのも、マイナーのぼこぼこ球場で、薄暗い照明の中走り回るのも、同じアメリカ野球であり、お客さんは喜んでくれる。野球ができるってありがたいよなあ。自分の気持ち次第で、目の前にあるものの価値は大きく変わるんやなあ、と言うようになったのだ。
「ただいま!」と帰ってくるたび、ほっとした顔をするようにもなった。私が待っている、家に灯りがともり、ご飯ができている、という「当たり前」を、実はとても嬉しいことなんだ、と再認識したような表情で。
 解雇、トレード、降格・・・・・・とめまぐるしく変化するアメリカ野球の中で、安定した、ルーティーンの決まった生活を許されるのは、ごく一部のスター選手たちだけだ。その他大勢は、何があってもおかしくない状況を受け入れ、心も身体も「変化」に対応しなければならない。さっと動いて、気持ちも切り替えなければならないから、荷物はどんどん少なくなる。本当に必要で大切なことがそばにあれば、あとはいい、何もいらない、という気持ちになる。
 恵まれた環境にいると、何が大切なのかを見失ってしまいがちだ。私たちは、もしかしたら、一生気がつかなかったかもしれないものの価値を、泥沼の中にいたからこそ、見つけ出すことができた。・・・アメリカで得た本当の意味での財産は、「人生において、何が一番大切か」を理解したことだった。転んでも、笑われても、ただでは起きなかった私たちは、むしろいっぱい転んだほうが、足もとが見えてくるものだと思った。どろんこ道には案外、見過ごしがちな貴重品が、たくさん落ちている。
 ・・・マイナー暮らしの長さゆえに、あたかも敗北者のようなイメージを持たれた主人を例に挙げて、「田口さんみたいにはなりたくない」と言ったメジャー挑戦者もいた。確かに私たちのアメリカ野球生活は、素敵でもかっこよくもない、どちらかといえば情けないお話ばかりが多かった。しかし、それらは多くのメジャーリーガーたちが、当たり前に経験してきた生活であり、その泥沼から這い上がった時に私たちが得た素晴らしい宝物を、その人は決して知るまい。