資金の目途がたたなくなった時、りんさんは全然動じなかったという話、立ってる場所、見えてるものが違うんだなと思いました。
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「お金の心配はないから」
谷家は最初からそう言っていた。・・・こういう学校を設立するには、大雑把に見積もって十数億円という莫大な資金が必要だ。それだけの資金を用意するのは、当然だが並大抵のことではない。
・・・
「学校をつくろう」と彼が言ったのは、設立に必要な資金の概略についてはすでに調査済みで、その資金を調達できるからこその話だった。
谷家はその巨額な資金を自分の個人的な資産から支出するつもりだった。自らが大株主となっていたベンチャー企業が株の上場に成功し、手元には学校を設立するのに必要十分な資金があったのだ。
・・・
・・・りんは、その仕事に自分の人生をかける覚悟を固めていた。・・・
まさに満を持して、りんは帰国したわけだ。
そこに運命が彼女に用意した、試練が降りかかる。
・・・いわゆるリーマンショックとなって世界経済を大津波のように呑み込んだのだ。
りんが帰国して3週間目のことだった。
「これはお恥ずかしい話ですけど」
谷家はそう前置きをして、その顛末を話してくれた。
「最初は充分な資金があったんです。・・・不動産の連帯保証にビジネスとして初めて取り組んだ会社・・・設立から2年で上場したんだけど、僕はその会社の三番目の株主だった。そういう会社が他にももうひとつあって、学校を設立するくらいの資金は充分に用意できたんです。・・・サブプライムローン問題のあおりで地価が急落してその会社は倒産し、ほんとにペーパーマネーになってしまった」
・・・
学校設立のための資金を用意することができなくなった。諦めたくはなかったけれど、こうなった以上、諦めるしかなかった。UNICEFでの職を辞して帰国したりんに、この仕事のために払う給料すらなかったのだ。
その話に、りんがどんな反応をするか、皆目見当もつかなかったけれど、実際に彼女が示した反応は、谷家の想像から最も遠いところにあった。
つまりりんは、ほとんどなんの目立った反応も示さなかったのだ。
今までずっと話をしてきた、そのままの調子でりんは言った。
「わかりました。それじゃ、お金はこれから私たちで集めましょう」
そんなことは、本当になんでもない、ごく些細な、取るに足らない予定変更でしかないというように。・・・
30歳そこそこの、若い女性がそう言ったのだった。
・・・
「ブルドーザーのような人って言ったら、りんちゃんに怒られるかな。だけど、彼女はそんな感じだった。目の前にどうしても越えられない壁があるとするでしょう。普通の人なら、その障害をどう避けて進むかを考える。だけど、彼女は違うんですよね。そのまんまブルドーザーのように真っ直ぐ進んで、その壁を突き崩してしまうんです」