こちらは三千院門主の堀澤祖門さん。
どうして気づきが瞑想になるのかというお話…なるほどです。
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小出 どうして「気づき」が瞑想になるのでしょう?
堀澤 人間っていうのは、ふつうは、心(意識)と身体がバラバラになっている場合が多いわけや。・・・
集中っていうのは、心(意識)と身体がひとつになること。いま自分がなにをしているのか、そのことに気づいているときは、やっていることと自分とがひとつになっているんだね。これが瞑想ということです。お釈迦さまがそういうことをやっていたっていうのは、昔から言われているんですよ。
小出 なるほど・・・・・・。
堀澤 こんな話も伝わっているよ。ある人がお釈迦さまを訪ねてきた。そして「あなたがどんな修行をしているのか知りたい」と言った。それでお釈迦さまは、朝起きて顔を洗って、歯を磨いて、瞑想をして・・・・・・ってはじめたわけよ。ずーっと一日、ふつうに生活をしている。そうしたらその人はしびれを切らしてこう言ったんだ。「私はそんなことを知りたくてやってきたわけじゃないんだ。あなたがやっている特別なことを知りたいんだ!」と。
それに対してお釈迦さまはこう言ったんだ。「私は、顔を洗っているときに顔を洗っていると気づきながらやっています。気づきながら歯を磨き、気づきながらお茶をいただいています。それが他の人と違うところでしょう」と。