どこにも行かぬ「ここ」にいる

生きるのが楽になる 「覚り」の道の歩き方 「一元」に触れる京都大原三千院の読経CD付

一休さんの歌、いいな〜♪と思いました。

P172
阿部 そもそも、人間、「オギャー」と肉体を持って生まれて以来持っている「自分が分離して単独に存在してる」っていう感覚が、「覚りは外側にある」とか、劣等感とか……、あらゆる勘違いの原因だと思う。人は肉体と同化しやすいから、この皮膚の内側が自分、外側は他者ってなっちゃうんだ。で、「波が海から分離して存在してる」って。違う、違う、そんな気がしちゃっただけなんだよ(笑)。
 切り離されていると思うから、「どこに全体はあるんだ?」ってなる。自分が全体なのに。
 道を求めるのも、自分が切り離されていると思うから、そこへ行く道があると思う。もう到達しているのに。

P182
阿部 ぼく、一休さんの歌ですごく好きなのが「行く末に 宿をそことも定めねば 踏み迷うべき道もなきかな」。要はゴールなんてものを設定しなければ、失敗もないし、迷いもない。・・・
 みんな、人生がどこかのゴールに向かっているような気がしているけれど、本当はどこにも向かっていない。だって、「いま」があるだけだから、常に。・・・
 一休さんが遺した、もうひとつ好きな歌があるんだ。それはね、「死にはせぬ どこにも行かぬ『ここ』にいる 尋ねはするな ものは言わぬぞ」。