年齢とともに積み上がる力

羽生善治 闘う頭脳 (文春文庫)

こちらは陸上の為末大さんとの対談で、年齢とともに変わる勝負の仕方についてのお話です。

P179
為末 ・・・将棋の場合、年齢によって勝負のしかたは大きく変化するものでしょうか。

羽生 たしかに十代後半から二十代前半は記憶力と反射神経が人生の中でもピークで、将棋にも勢いがあります。記憶力とは多くの定跡を覚えることで、記憶力のおかげで頭に過去のデータがどんどん蓄積されていく。反射神経というのは、終盤にお互い残り時間がなくなり、一分勝負になったときにパッと差し手が見える力のことです。では、二十代前半が棋士のピークかというとそうでもない。勢いはいつまでも続きません。でも、記憶力と反射神経は落ちても、それ以降に積み上げていく力でカバーできるんですね。

為末 年齢とともに積み上げる力とは何でしょう。

羽生 読みのショートカットです。たとえば一つの局面に八十通りぐらいの手があるとすれば、普通はカメラのフォーカスのように三つぐらいまで絞り込むんですが、経験を積んでいくと、それが二つになり、やがて一つになる。思考の過程を省略して、あまり手を読まなくても、このへんだろうという感覚で指せるようになるんです。・・・

為末 それは大局観とか直感力ということでしょうか。

羽生 そうですね。全体をみる眼がしっかりしているからできることですね。若い棋士が頭や技術で指しているのに対して、大山先生をはじめとするベテランの棋士は「ハート」で指すといったらいいでしょうか。棋士の心臓は年とともに強くなっていく。・・・