この考え方もいいなと思いました

スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方 (DO BOOKS)

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 「空回り経済」から自由になると言っても、ベルは、目を血眼にして日常生活の中からその要因を排除しようとしているわけではない。・・・先進国ならではの恩恵を受けながらの生活だ。
 ・・・「空回り経済」からの自由を追求し過ぎることは、高度な社会基盤が現に存在する以上、非効率的である。自由を求め過ぎた結果、息が詰まって生活に不自由を感じるとすれば、それこそ本末転倒というものだ。
 それよりも、資本主義を逆手にとって、すでに確立された豊かさからある程度の恩恵を受けつつ、一方で、自分自身の消費を抑え、なるべく自由気ままに暮らすほうが賢明だろう。スモールハウスの住人の大半は、多かれ少なかれ、そのような、肩の力の抜けた考え方をしている。

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 僕らはどうしても、住処や食料を探す前に、お金を探してしまう。たしかに人間は、野生動物よりも多少、寒暖の変化や病原菌の攻撃に対して肉体的に弱いかもしれない。だから、森の中で手ぶらで生活することはほとんどできない。
 しかし、・・・ ・・・ 簡単な小屋を作ることはほとんどすべての人間ができることだし、あまつさえどのように屋根を取り付けたら水が一滴も屋内に入ってこないかを考えることすらできる。・・・
 だから、人口の何割かの成人後の最初の目的が、まずスモールハウスを建てて、自給用の10坪の畑を耕すことであっても、おかしくはないはずだ。就活の時期になると、各大学のキャンパスでは、やれ住友だのやれ電通だのという会話でザワザワとうるさくなるわけだが、一部のスモールハウス組は、「おれは葉物中心でいく」だの「やっぱりイモ類が安定している」だのとざわめくことになる。
 それと同時に、多少の現金収入を得たり、既存のインフラや物流の恩恵を受けたりすれば、かなり効率の良い生活ができる。
 少なくとも現代のアメリカや日本で少数の人間がこういった生活を選択し、各個人のローカルユートピアを作ることはできる。つまり過剰に働かなくても、平和で健康的な生活が満たされており、かつ自由が確保されている状態だ。