幻想と錯覚

時空を超えて生きる―潜象界と現象界をつなぐ

つづきです。次元探求にまつわる錯覚について。これも大事なことだなと思います。

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 身体の覚醒とは、<思考><感情><肉体>の三つのバランスがとれることだといいました。バランスがとれてくると、山を味わい、海を味わうという延長線上に、他の次元はどうなのだろうという探求心が生まれ、そこから肉体を脱いで次元をトリップする可能性へとつながっていきます。
 バランスがとれてはじめてできる次元のトリップですが、身体の覚醒の段階で間違いやすいのは、そのバランスを自分だと思っている点です。仮に、「高次の次元へ行くほど『本当』がある」という錯覚をもちつづけたまま次元の移動をする場合、バランスを崩してまたしんどくなる可能性があります。
 ここではっきり言っておきますが、「高次に行くほど『本当』がある」というのは錯覚です。高次元であれ低次元であれ、そこに現象があってドラマがあるかぎり、幻想の世界であることに違いはありません。そして、高次だから真理があって、低次元ほど真理がないというものでもありません。
 すべてが素粒子で構成され、みんながいろいろと感じあえるという特徴が三次元にはあります。同様に他の次元には他の次元特有の特徴があるだけで、ともに幻想の世界は幻想の世界です。そして、幻想は「ない」わけでも「嘘」なわけでもなく、存在しているのは事実です。